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「看取りの医者」を読んで

20141106012723022.jpg

旅行から戻って部屋に入った時、やけに芳しい香りが鼻をつきました。
頭を過ったのは、出かける前に干していった洗濯物のこと。
しかし、洗剤の匂いではなく、どこか甘い香り。

そして、部屋を見渡して見て気付きました。
以前にもらった花束。
つぼみが開かなかったので日当たりの良い場所に置いていたのでした。
その甲斐あってか、幾つか開き、花の香りを放出していたようです。

目論見通りになった些細な変化、しかし、そんなものでも心が綻びました。
少し、園芸に夢中になる人の気持ちがわかったような気がします。
何かしらの自分の心の動きに屈折した理由づけをしてしまう私ですが、
こればかりは本物だと思います。

ちょっと鉢植え一つぐらい買ってみようかなぁと思いました。
まあ、問題は零下近くまで下がっても大丈夫な植物がいるかどうかですね・・・。


看取りの医者 小学館文庫看取りの医者 小学館文庫
(2012/10/18)
平野国美

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この本を手に取ったきっかけは、図書館の本紹介で紹介されていたためでした。
○○の先生推薦、加えてこのタイトルと、私が手に取るには十分でした。

作者の平野医師は、訪問診療専門の医師。
患者の多くは、自宅介護の高齢者。
そのため、多くの死を看取ってこられ、その中でも特に印象だったというエピソードが描かれています。

断わっておきたいのがこの本、煽り文にあるような感動!!とか泣ける!!為のものではないと思います。
何を思ってあの煽り文書いたんだ、小学館。

確かに感動して泣ける話もあるのですが、それはあくまでも幸福な一例に過ぎない。
事実、含まれている話の中には、幸福とは言い難い結末を迎えた患者も居ます。

老老介護の現実、介護家族の負担や思惑。
作者が何故、当時としては特殊な医療者となったのか。
といったエピソードで成り立っています。

これらに加え、日本文化の死生観も絡めて作者は現在の“死”について論じています。

現在の日本社会はあるがままの“死”に対して寛容ではない。
全てにおいてシステマティックなのは、死に対してもだったということです。

かつての日本人は生と隣り合わせの死を常に意識し、死と共にあった。
極論、生きることと死ぬことはほぼ同義であるといえます。
だのに、今の社会はそれを許容しない。
ごくごく当たり前にあるものを忌避し、蓋をして見えなくして目を反らしている。
あまつさえそれさえも管理しようとしている。

こういう自然支配的観点は西洋哲学のそれ。
日本人とは結局相容れない気がします。それが歪みとなっているのが今なのか。

それらを踏まえ、作者の平野医師が一番言いたかったはほんの一言。
「自宅で死のうよ」

短編9つという構成で、内容自体もエピソードを基に起こしているため、大変読みやすいです。
是非一読を。
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Author:佐々木四郎
自称、欲望の肯定者。
バイク、特撮、アニメ、ゲーム、漫画、音楽、運動もそれなりに好きという何でもありの節操無しです。
人生楽しんだ者勝ちという、ポリシーを胸に今日もバイクで北の果てを行きます。(注:冬季除く)

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